「朝の食事のしたくをしようと台所へ行ったら、調理台の上にたくさんの黒いものが動いているではありませんか。アリです。」「『おはよう。元気だね』わたしはアリに話しかけました。アリは一時間ほどで窓のすきまから庭に出てゆきました。」

これは、私の大好きな絵本『いのちのひろがり』中村桂子 文 の冒頭部分と1ページの目の終わり文です。

私は初めてこの絵本を読んだ時、中村桂子さんのアリへの眼差しと対応に、とても驚きつつ惹かれました。アリとも、同じ生き物として尊重して生活を共にするという心を、私も持ちたいと思いました。

2年ほど前でしょうか。

まだ築3年程度の家の3階廊下に、アリが現れました。

初めは3匹、4匹程度でしたでしょうか。

ちょくちょく昼間に目にするようになり、アリ退治用のエサも置いてみましたが、全く様子は変わらず。そのうちに、中村桂子さんのアリへの対応を思い出し、そのまま放っておくことにしました。

私は昼間はほとんど家にいないので、なかなかそのアリ達も目にせず、でも休みの日の昼間に3階廊下のその部分に行くと、やはりアリは居るのでした。

毎年年末近く、家を建ててくれた工務店の社長さんが、家の様子を見にきてくれます。アリがいることを相談してみたところ、「このアリは家に悪さするわけではないから大丈夫ですよ。逆に虫も住むほど安全な家です。」とおっしゃるので、そういうものかと。家に悪さをしないならまぁいいかと思いました。

確かにうちでは、蝶々も孵化するし、クワガタも幼虫から成虫になり冬も越したし、子ども達も元気だし、生き物に優しい家のかなと思い、私はアリとの共存の継続を受け入れてました。

しかし。

この3月。その3階の廊下で、洗濯物についた糸屑をつまんで捨てようと、何気なく近くの黄色いゴミ箱を覗いたら、ゴミ箱の底が黒かったのです。

黒いアリがたくさん動いていました。

ぞわぞわっと何かが私の胸をはい上ってきて、「ぎゃーー!」と声になりました。急いでゴミ箱のはじを掴んで外へ持ち出し、対処しました。ここで、私のアリとの共存への気持ちはプツリと切れてしまいました。

ちょうどマレーシアにいる友人がアリ退治にバッチリ効いたとブログに書いていた、「アリメツ」という理想的殺蟻剤(と書いてあります)を購入し、10滴を白い専用ケースにたらして、いつものアリの通路と思われるところに置きました。

その効果は抜群でした。

あっと言うまに4匹がその汁に並んで口をつけています。あれよあれよと、窓の桟と壁の隙間からその液体までに黒い道ができ、働きもの達がせっせと往復を始めました。

私はどんどん液体の周りに群がるアリを定期的に確認しながら、複雑な気持ちを抱えてきました。

その夕方です。

急に空が暗くなり雷がなり大雨が降ってきました。

すると、液体に群がっていたアリ達はあれよあれよと窓と桟の隙間に戻って行きました。

それは見事な撤退っぷりでした。

きっと、自然界では雨が降ると巣を守るために巣に戻ることになっているのだろうと、自然の一部として生きるアリに畏敬の念を新たにしました。

そして、その見送りが、3階廊下でアリを見た最後となりました。

それから、1匹も家の中でアリを見ていません。