明智光秀が本能寺の変で信長を討ったことが、どうしても腑に落ちていませんでした。光秀は信長の重臣だったのではないの?と。ただ、そこを掘り下げて調べようという気は起きず、ただ起きたこととしてとらえていました。
ただいま『豊臣兄弟!』を見ています。視聴率はNHKの期待ほど伸びていないようですが、私は面白く見ています。従来の大河ドラマという感じはしませんが、信長と秀吉の時代を身近な視点から眺められているような気がしています。そこで、それがどこまで史実に基づいているかは分かりませんが、光秀が義昭を慕っている様子が描かれていました。どれだけ光秀が義昭を大事にしたいと思っているかと。
ちょうど同じ時に、『真田太平記』(一)天魔の夏、を読んでいました。時代は天正10年(1582年)の武田氏滅亡から始まり、本能寺の変で1巻が終わりました。本能寺の変の直前、『天皇も朝廷も、信長に追放された名のみの足利将軍・義昭を、完全に、「見はなしてしまった……」と看てよい』と、唐突に義昭の名前が出てきたので、これはあの『豊臣兄弟!』のヨシアキ様か?と思い、そうであれば、義昭を慕っていた光秀が信長を討つのは納得できることだ!と、やっと歴史の登場人物の気持ちの流れが分かった!と一人で興奮して納得していました。
が、しかし、光秀と義昭についてネット検索してみると、光秀は信長を頼りにしていて、信長よりも早くに義昭を見限っていたような説明が書かれているものを見つけました。光秀は義昭への忠誠をずっと持っていたわけではないとすると?さてさてまた訳が分からなくなりました…。
『豊臣兄弟!』でも、これから先に本能寺の変を描く時があるはずです。その時の光秀の描かれ方がどのようか、見届けなければなりません。とても楽しみになりました。
『豊臣兄弟!』×真田太平記(一)
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